親鸞聖人(しんらんしょうにん)が31歳(※諸説あり)のときに、当時の僧侶には絶対のタブーとされた「肉食妻帯」を断行され、34歳のときに法然門下の高弟・法友たちとの所謂「三大諍論(さんだいじょうろん)」によって阿弥陀仏の本願を説かれています。
親鸞聖人の真意はどこにあったのでしょうか。
<体失不体失往生の諍論(たいしつふたいしつおうじょうのじょうろん)>
阿弥陀仏に救われるのは死んでからでしょうか、それとも生きてるうちに救われるのでしょうか。
このことを親鸞聖人は明確に、『阿弥陀仏の本願は死なねば助からないという「体失往生」ではなく、現在この世から救われる「不体失往生」なのだ』と仰っています。つまり生きている「ただ今」から救われるということです。
<信行両座の諍論(しんぎょうりょうざのじょうろん)>
親鸞聖人は「信の座敷と行の座敷、二つの座敷があります。念仏を称えたら阿弥陀仏に救われると思う人は行の座に、念仏を称えずとも信心ひとつで救われると思う人は、信の座に」とおっしゃられ、自分は信の座に座られたそうです。
<信心同異の諍論(しんじんどういのじょうろん)>
親鸞聖人は「私の信心も、法然上人(ほうねんしょうにん)のご信心も、全く同一である」と言われたそうですが、それに対して法然門下の他の弟子から強い反発を受けたそうです。しかし、法然上人は「私の信心は、阿弥陀仏の本願によりたまわった信心。親鸞の信心もまた同様に阿弥陀仏の本願によりたまわった信心なので、同じものだ」と親鸞聖人を支持されたそうです。
この「三大諍論」によって親鸞聖人は阿弥陀仏の本願の偉大さ、信心の大切さ、いかなる人も平等に救われるということを示されたのではないかと思います。