前回から引き続いて親鸞聖人(しんらんしょうにん)の生涯についてご紹介していきたいと思います。

親鸞聖人は29歳で比叡山を下山され、聖徳太子建立と伝えられる京都の「六角堂」に籠もられるのですが、親鸞聖人はこの聖徳太子を生涯にわたって大変尊敬しておられたそうです。親鸞聖人は聖徳太子のことが大好きだったのでしょう。

その後、親鸞聖人は法然上人に会い「信心決定(しんじんけつじょう)」したと「教行信証(きょうぎょうしんしょう)」に告白されています。
この「信心決定」とは、仏教用語なので少しわかりにくい部分があるのですが、趣旨は「阿弥陀仏(あみだぶつ)の本願(ほんがん)力によって救われる」ということのようです。

ここで唐突に「阿弥陀仏の本願」という言葉が出てきたので、阿弥陀仏の本願について調べてご紹介します。
まず「阿弥陀仏」ですが、阿弥陀如来(あみだにょらい)とも呼ばれる仏様の一人のこと。

お釈迦様も仏様ですが、阿弥陀仏とは違う仏様で、阿弥陀仏とはたくさんいる仏様の師匠、指導者というべき大変えらい仏様なのです。
その阿弥陀仏の約束されたことが「本願」なのですが、その約束とは「すべての人を必ず助ける。絶対の幸福にする。」というものです。

つまり、親鸞聖人が29歳のときに「信心決定(しんじんけつじょう)」されたということは、阿弥陀仏の本願を信じることによって救われたということにつながるわけです。

その後、親鸞聖人は当時の僧侶としてはタブーとされた「肉食妻帯」を断行することになるのですが、このへんの事はまた次回詳しくご紹介したいと思います。